ケバブと卵焼き

 イギリスにいる。

 毎年ある学会がイギリスで開かれていて、これまでずっと行きたいと思っていた。

 それで今年、ちょっと無理をして行くことにしたのだ。

 理由としては、そろそろそこで発表などの可能性を考えたいこと、コロナが収束してきたこと、ZOOM等の遠隔授業に慣れている学生さんたちがいることだ。

 第三の理由が特に大きい。現在の対面回帰の様子をみていると、今後「ZOOM授業に慣れている学生」というのはどんどん減っていくだろう。しかし今なら、イギリスからでもZOOM授業をすることができる。それでえいやと三回目のワクチンを打ち、直前までキャンセルするか迷い続け、現実感のないまま出発したのだ。

 

 海外に出たのは3年ぶりだ。

 飛行機に乗って主翼の翼端灯を見たとき、滑走路に向かう飛行場の星空のような誘導灯を見たとき、おもわず涙がでた。

 人生初の「仕事をしてから飛行機に乗る」という流れでどうなるかと思ったが、ラウンジのシャワー等を使うことでそれなりに快適に過ごすことができた。機内で授業準備をすることにはなったが……。

 航空会社はターキッシュエアラインズ、イスタンブール空港での乗り継ぎだ。

 ほぼすべての免税店が閉店していた羽田空港に比べ、イスタンブール空港は朝5時の段階で賑わっていた。閉店しているお店なんて一軒もないような状態だ。いろいろと目移りしながらスターアライアンスゴールドで使えるラウンジに向かう。ラウンジもとても豪華だ。コンセプトの異なる部屋がいくつかあり、目の前でワッフルや卵焼きを作ってくれるサービスもある。水やジュース、あとハーブティなんかがいろいろとある。各部屋では旅疲れた人たちがソファをくっつけてごろ寝をしていた。そのあたりはあまりいい雰囲気ではない。子ども用の遊びスペースで寝ている人もいた。5時にはやや人の少なかったラウンジも、7時に近づく頃には満席状態だった。

 その後、搭乗ゲートに向かうと、なにやら行列が長々とできて、どうしたものかと列の先を覗いてみたら、所持品検査をしているようだった。自分も当然それを受け、電子機器を薄いプラスチック片でぴたぴたとされた。なんなのか全然わからなかった。

 さて、ヒースローでの懸案は「預け荷物がちゃんと出てくるか」である。出発の3,4日前に、ヒースローが大パニックというニュースを聞いた。なんでも荷物がロビーまで溢れているとか、1,2時間の遅延が当たり前とか、そういった話である。コロナにより職員数を減らしたものの、欧米のウィズコロナ的な流れの中でのヴァカンス時期に対応できいていない、ということなのだ。それで自分もすべてを持ち込みにする予定でパッキングしていたのだが、重さが重量制限を超えていた。さらば新品のジャケットなどと思いながら、泣く泣く小さなスーツケースを預け荷物にしたのだ。いちおうロスバゲに備え、スーツケースにはエアタグを仕込んだ。しかし自分たちの便の荷物は意外とスムーズに処理され、ターンテーブルをするすると流れてきた。ヒースローの人たちに感謝したい。といっても、手荷物受け取り所のあちこちには、持ち主不明の大きな荷物がたくさん転がっていたが……。

 ロンドンについてからは、ひとまず宿のチェックイン時間もまだということで、大英博物館に企画展Feminine Powerを観に行った。一つの展示にしては思ったよりも地域時代の範囲が広く、その分俯瞰的にあれこれと楽しめた。図録の情報がかなりしっかりしていてそちらにもびっくり。シーラ・ナ・ギグを初めて観たよ。あとイナンナも。大英博物館にあったのね。その後、大英博物館のあちこちをウロウロとして(やはり中世くらいのエリアが一番好きだ)、宿に一度戻った。地下鉄に関してはアップルウォッチをかざすだけで使えるので便利である。

 ひとまず前半のロンドン宿はハイドパークの近くにある三ツ星ホテルの一番安い部屋。地下にあって窓から見えるのは壁だけだ。それでも3万円は余裕で超えているけど。

 今日はさすがに初日ということであまり無理はしないようにしようと思いつつ、あまり無理しないようにすると日中に眠ってしまうので、それを避けるべく再び散歩に出た。ハイドパークをつっきって、ハロッズ界隈くらいまで歩こうかと思ったのだ。それで歩いていたら、今回楽しみにしていた行き先の一つであるヴィクトリア&アルバート美術館が近くにあることを知った。また後日と素通りしようとしたところ、それはそれは猛烈な腹痛に襲われた。思わず美術館に入り、警備員さんに荷物の中見を見せ、見に行こうと思っていた企画展Fashioning Masculinitiesのチケットを買う。あまりにあわててたので企画展のタイトルをfascinatingといい間違えた。恥ずかしい。それでお手洗いを借り、企画展を思いがけずじっくりと観ることになった。グッチプレゼンツだけあってとても豪華な雰囲気だ。演出が多い。自分としてはもうちょっと中世ルネサンスのあたりを扱ってほしかったが。その後V&A美術館を一周する。以前も来たことがあるが、ロンドンお大きな博物館美術館の中で一番好きなのはと聞かれたらここと答えるかもしれない。作者に紐付けされた「作品」よりも、職人が作った「工芸品」のほうが好き、というのがちょっと、あと展示の仕方がなんだか良い雰囲気だというのもある。

 V&Aを出てからはすぐ近くのブロンプトン礼拝堂で静かな時間をもった。一通り過ごして出ようとしたらラテン語のアンジェラスの祈りが始まった。ミサがトリエント式だとついていけなと少し様子を見ていたら、ノブス・オルドだったのでとどまった。「ちょっと食事をしていきなさい」と招かれたような気分になった。しかし背面で行われるので、なかなか慣れない雰囲気である。そしてやはり口で拝領する流れであった。大切なのはわかるが、しかし今の自分はコロナのリスクのことを考えてしまうだろう、それはふさわしくない、と葛藤しながら祈っていた。

 その後、どうせならとハロッズまで行く。人がたくさんいるのを眺めてからハイドパークを速歩きで帰った。夕食はケバブ屋。宿の近くの通りにある飲食店街に目星をつけていたのだ。ケバブ屋のおじさんはどこの国でもあたりが強い。でもなんだかんだ美味しいし、栄養のバランスがとれているような気がする。ケバブは完全食。

 ということで、今日は動きすぎてしまった。明日は研究会とオックスフォード。