カシューナッツ

 案の定というかなんというか、陽性で帰れなくなってしまった。ひとまず入国してからの流れをまとめたい。ちなみに以下の行動の際には常にマスクをし、アルコールティッシュなどでかなりマメに消毒をしている。

 

2日目
 朝は近所のハイドパークでランニングをした。その後、オックスフォードに住んでいる研究仲間を尋ねる。あちらこちら案内してもらい、その後一人で書店とアシュモレアン美術館に行った。こちらは美術館というか博物館的な雰囲気で、以前別の国際学会でオックスフォードに滞在したときも何度か訪ねたところだ。あいにくこの日は雨で、アシュモレアンにつく頃にはものすごく体が冷えていた。カフェでちょっと震えがとまらず、「あ、これは風邪を引いたかな」などと思っていた。オックスフォードからパディントン駅に戻り、駅のスーパーでフルーツを買って夕食にした。

 

3日目
 ちょっと顔が赤い。昨日のせいもあるだろう、そんな感じに考えて、午前中はチェックアウトの時間までゆっくり過ごす。その後、セントパンクラス駅までタクシーで向かい、Baggage storeに荷物を預け、日系のお店でラーメンを食べ、ロンドンの中心街を少し散歩した。いつも工事中だったビッグベンの覆いがとれていて、本物を初めて見ることが出来た。思ったよりも華奢に見えた。ウェストミンスター寺院を横目に、カトリックウェストミンスター大聖堂で少し心を落ち着けて、ヴィクトリア駅からセントパンクラス駅に戻る。予約していた列車までまだ2時間あったので、近くのカフェに入って授業の準備。明日の朝5時に授業をしなければならないので。

 その後列車に乗ったところ、座席の予約が出来ておらず、一時間ほど立ちっぱなしだった。ちょっとしんどい。列車内はかなり騒がしく、ビール瓶なんかが転がっていた。ここでも授業準備。到着後はすぐに2つ目の滞在先であるHinsley Hallへ。こちらはカトリックの施設で、教会や本屋が併設されている。レセプションで簡潔な説明を受けた後、リーズの街を少し散歩しインド料理屋で夕食をとる。ちょっと寂しかった。

 

4日目
 早朝起きて授業をした。もっときついかと思っていたが、まだ時差ボケだったようでむしろ調子は良かったような気もする。その後朝食をとり、学会会場へ。受付をした後に、開店準備中のブックフェアをいくつかまわり、購入する本に目星をつける。その後、開店を待ってから、日本への発送の依頼等を行った。さすがに初日なので、お金を支払っても現物の引取は最終日にしてくれとお願いされたりする。

 今回の学会は公式アプリが便利で、事前にチェックしていたセッションを地図とともに表示してくれる。思ったよりも広い会場を右往左往しつつ、気になっていたものはだいたい聞くことができた。初日一番はじめの時間帯が自分的には激戦だった。夕方には野外で一人学会特製のビールを飲み、大学向かいにあった蘭州牛肉麺を食べる。

 

5日目
 宿から大学まで2キロとすこしあるのだが、連日の歩きすぎのせいか足が痛い。1つ目に聞いたセッションの発表者のスライドの文字があまりに小さく、まったく見えないので会場内でZOOMに接続してしまった。ZOOMでは文字起こし機能が使われていて、聞き逃してしまいそうなところが(結構不正確であるが)全部自動で書き起こされている。え、便利すぎるのでは……などと思いながら、午前のセッションたちが終了。少し時間があいたので、リーズの中心街を散歩しにいく。カークゲートマーケットが面白いと聞いたので、いくつかあるギャルリを覗きつつそこに向かった。市場というからにはゴミゴミとしているのでは、と警戒心もあったが、中はかなり広々としていて、食事どころの風通しもよかったので、ここで昼食。その後、明日の空き時間にはカークストール修道院か武器博物館か、どちらかに絶対に行こうなどと考えながら会場に戻った。入るセッションを間違えるというトラブルにもあったが、二日目も終了。昨日と同じ店でまぜ麺を食べた。宿に戻ってから、なんとなく気持ち悪さを感じて嘔吐してしまう。

 

6日目
 朝の時間があいているので、カークストール修道院に行くつもりであった。あと初日に買った本を早い時間にブックフェアの会場まで引き取りにいかなければいけない。そんなことを考えつつ、朝食をとって宿の中を少しだけ散歩をした。その後自室に戻って、ちょっと疲れたなと思って布団に寝転がる。そしたら布団から起き上がれなくなった。旅先で疲れて高熱を出す、という経験は以前にもあったので、そのたぐいかなと思ってひとまず午前中は寝ることにした。しかし午後になっても体が動かない。聞いておきたい発表があったので、宿からZOOMで繋ぐ。といっても聴きながら眠ってしまった。申し訳ない。

 動けるようになったのは夕方。朝よりもマシな気がする。とりあえず空腹だったので、宿の人に勧められるままウーバーイーツでピタサンドのようなものを注文。こちらは基本の食費が高いのだが、ウーバーで頼んでも金額があまり変わらない。不思議。ピタサンドはちょっと濃すぎて三分の一くらいしか食べられなかった。その後、コーラを飲みながら再び就寝。寝汗がとにかくすごい。

 自分はいったいなにしに来ているんだとかなりつらい気分になった。

 

7日目
 昨日ほどしんどくない。これなら大丈夫だろう。そう思って朝食に行く。掃除の人が訝しげな顔でこちらを見ている。この宿、全体的な雰囲気はいいのだけど、特に掃除の人があまりこちらを歓迎してくれない。「あの中国人は…(ネガティブな言葉)」などと言われてりもした。まあ区別つかないよね。マスクをつけているのが気に入らないらしい。

 宿からチェックアウトし、名残惜しさを覚えつつ、学会最終日へ。この日は中世関係の実演イベント等が充実している。ただ、事前に買ったロンドン行きのチケットが若干早い時間だったので、中世の模擬戦闘なんかは観ることができず、それがかなり残念だ。カークストール修道院にもけっきょく行けず終いだった。また来よう。そんな感じで学会会場の預け所に荷物を預け、実演やクラフトフェアを周り、古楽器を買うか逡巡し(けっきょくやめた)、手製の小さい本を買い、昼食を食べて駅に向かった。事前に買ったチケットは日にちを間違えていた。これなら会場に戻れるのでは?と思ったが、前日の体調不良が微妙に尾を引いているような気がしたので、そのまま同じ時間のチケットを買い直し、電車に乗る。

 ロンドンに着いた後は3つ目の宿に向かう。3つ目は立地がとてもよい中心街のホテルだが、窓がないベッドだけの部屋で、やっぱり窓はほしいな、と思ったりした。最上階のレストランがとてもいい雰囲気だと聞いていたのでそこにいったら、今日はやっていないと言われた。開くのは翌日16時らしい。全く使えないじゃないか。

 その後、少し街をぶらっとするかなと思ったが、地下鉄に乗ったところでやっぱり本調子じゃないと引き返し、好きなファーストフード店で軽い夕食をとり、宿に帰り、荷造りをした。PCRテストは翌日8時20分の予定だ。

 

8日目
 チェックアウトは後にして、パディントン駅に向かう。チェックアウトをしてから向かってもいいのではと迷ってはいたが、せっかく立地のいいホテルだし、PCRを受けた後に一休みしいたいなと思ったりもしたので、そのままにしてきたのだ。時間よりも早く着いたが、そのまますぐに受けることができた。PCRは初めてだったが、お姉さんが数え歌を歌いながら鼻の穴に検査の綿棒を入れてくれて、小さい頃に戻ったような気分になった。パディントンの中のスーパーを少し覗いてから宿に戻る。帰りの飛行機は18時すぎなので、チェックアウトをした後も時間はある。予定通りナショナルギャラリーに行く。クロークに荷物を預けて、ダヴィンチの〈岩窟の聖母〉を堪能して、その周りのシエナ派とかのコーナーをまわっていたらPCRの結果が送られてきた。陽性である。

 その後は、ナショナルギャラリーのクローク前で、航空会社や保険会社や現地に住んでいる友人や家族に電話をした。結果の書類には「自己隔離は義務付けられていないが…」と書かれているものの(そしてもうだいぶ手遅れな気がするものの)、結果を把握している以上、どこかに自己隔離をすべきだろう。ということで、友人が住んでいる街まで行くことになった。そこのホテルを一室、6泊ほど予約をした。ロンドン市内にとどまることも考えたが、宿代がその倍はかかるし、そもそもあまり空いていない。それにロンドンに住んでいる知人もおらず、万が一のときに頼れる人がいないのだ。街についてからは荷物の一部を洗濯するために街外れの無人のランドリーで右往左往したりしたが、無事に落ち着くことができた。わりと遅くまで職場と授業関係のメールや連絡を打ち、就寝。夜中に職場からの電話で起こされたりした。

 

9日目
 友人が体温計を貸しに来てくれた。それ以外は療養の一日。体感としては6日目よりも全然いい。今すぐ遠くにいける、ランニングもしたい、とまではいかないが、普通に観光だって出来てしまいそうなコンディションだ。ただ咳が出る。そしてウィルス感染独特の黄色い痰が出る。あと味覚と嗅覚がなくなっていることに気がづいた。ルームフレグランスの香りがまったくしないのだ。

 

10日目
 今日である。厳重装備で中心街に行き、Antigen testと亜鉛のサプリを買ってきた。宿にもどって試してみたら、薄いながらも陽性を示す二本目の線がうっすら出ていた。

 さて、そもそもいつから自分は新型コロナウィルスに感染していたのだろうか。そう思い返すと、正直なところ一番怪しいのは、行きの飛行機を降りたあたりだ。あのとき、喉がやたらと痛かった。この喉の痛みは今までずっと続いている。当初は飛行機の中で口を開けて寝ていたからだと思っていた。マスクをしたまま寝ると、鼻が苦しいのか口が開いてしまう。で、二日目のオックスフォードでむちゃくちゃ冷えたので、そこで風邪をひいて、この痛みがずっと続いているのもしょうがない、なんて考えていた。3日目になんか顔が赤いなと思ったのもそれかもしれない。6日目の起きられなかったのは確実にコロナ由来だろう。このときには明らかに熱が出ていたし、関節痛もあった。寝汗もコロナの症状らしい。その後、7日目くらいに咳が出たりもした。そうすると「発症から10日」ということでいいのだろうか。となると、自分はすでに日本を出た段階で感染していたことになる。感染対策を気をつけようとしていた行動が、自分のためというよりもむしろ他の人のためのものだったということだ。

 仕事はひとまずすべてオンラインにすることにした。時差は厳しいが、なんとかなりそうだ。出発時にちょっと嫌な予感、というか、ある程度最悪を想定して、今週分のいろいろな資料を荷物にいれてきていた。それが最大限役に立った形だ。これだけは自分を褒めてやりたい。

 今は喉の痛みもかなり軽く、熱もなく、味覚嗅覚もうっすら戻ってきた。半年レベルで戻らないこともあると聞いて戦々恐々としていたのだが、亜鉛を補うことでなんとかなったらしい。まだ予断を許さないけども。

 保険が降りることを祈りつつ、しばらくイギリスで療養ということになりそうだ。