海苔

ここのところずっと気が重い。
例のロシアによるウクライナ侵攻の件である。

24日は連れ合いと温泉に行っていて、早朝誰もいない露天につかり、部屋出しのいい感じの朝食を食べて、小雪の舞う中を登山鉄道に乗ったりしていた。
チェックアウトの合間には学内誌の装丁を入稿した。パンパンのMacBookiPad miniで意外となんとかなった。

それで登山鉄道の中で「ホスメトリ空港がロシア軍に制圧された」というようなニュースを聴いた。
前々からきな臭い雰囲気はあったどころかヤバい感じではあったし、まさに温泉でもKindleで『現代ロシアの軍事戦略』を読んだりしていたくらいだった。
その後は戦争の話題一色である。朝起きたら戦況をチェックするのが日課になってしまった。
それでАн-225 Мріяが壊されたとか、無事とか、そういうニュースを聞いて一喜一憂したり(結局3月4日に破壊が確認されたわけだが)、ズミーイヌィ島の守備隊が玉砕したというニュースに震えたり(生存が確認されたとのことだが)、とにかく右に左にと情報の嵐で精神的にかなり動揺している。

別に遠い国の遠い話で、この手の出来事なんてシリアでもアフガニスタンでもどこででも起きている、そんな見方だってあるだろう。じゃあなんでウクライナだけこんなに感情を持ってしまうのかというと、自分が慣れ親しんできた文化的なものに依る。

そもそも自分にはわずかにロシア人の血が入っている。たった1/16ではあるが、高校生のときに母から聞いた時は結構衝撃をうけた。
とはいえ、そういう薄い繋がりを知る前から、ロシアの文化というのになんだか妙な憧れを抱いていたのだ。

例えば、もし今までで自分に一番影響を与えた文学者は誰かと聴かれたら、間違いなくチェーホフを選ぶだろう。教会の鐘の音を聴きながら十字を切り続ける不幸なリーパが、自分がこの専攻を決定的に選んだ契機といってもいい。
一番好きなクラシックは、器楽曲ならチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲だと答える。声楽曲でもロシア聖歌はかなり好きな方で、ラフマニノフの徹夜祷はトップ3に入る。
海外で食べる料理のうち、一番しっくりくる料理はなんだと聴かれたら、フレンチよりもイタリアンよりもロシア料理やジョージア料理、そしてウクライナ料理だと答える。シチーやサリャンカの味わいにはどんなに旅疲れしていても癒やされる。他の国の料理でこんな気分にしてくれるものはあまりない。スープだけじゃなくて、魚料理も肉料理も、味付けの方向性が好みにあっているのだ。
人生で一度は絶対に行きたい場所はキジ島とキエフだ。キジ島は行き方を何度も調べて、毎年行けるか検討していた。またキエフは2019年にオックスフォードに行った後に、本気で寄ろうかと計画を建てていた。結局断念して、「旅はやり残したことがある方がいい(再訪の口実ができるから)」みたいなことを考えながらのんきにヒースローから帰ったわけだが、なんて馬鹿なことをしたんだろう。ただ、もし行っていたとしたら、今よりも動揺していたと思う。

そして思い入れのあるエアラインはなによりアエロフロートだ。これまでも体力や時間が許せば、どこに行くにもアエロフロートを使ってきた。アエロフロートはそれぞれの機体にロシアの文学者や音楽家の名前をつけており、それが好きだった。自分が乗る機体の名前を調べては、その情報を旅のおともにしていた。いくらか無骨な接客も、トランジットだけでもちょっとはロシア気分を味わえる(ようで、意外と味わえない)シェレメーチエヴォ国際空港も愛おしかった。
そんなアエロフロートの乗り入れ国数は世界一だと謳われていたものだが、今となっては一体いくつの空港にはいれるのか。機体は借りパク、一部の空は通れず、国内線しか飛べないような、世界一息苦しいエアラインになってしまった。いずれ整備部品もつきて安全マニュアルのアップデートからも取り残され、エアバスボーイングもひどい事故を起こすのだろう。最悪だ。心底やりきれない。

そんな感じでロシアやその文化は自分にとって結構特別なものだった。

しかし今ではロシアの侵攻により多くの人が死んでる。ちょっと前まで日常に生きていた人たちの日常も命も財産もどんどん奪われて、街並みは壊されて、文化財は消えつつある。ユーラシア主義というイデオロギーのせいだという。本当にクソだと思う。
今では全てがしんどい。しんどいけどこのあたりの話がずっと頭の中を回っていたので、ひとまず書いてみた。

要はただの壁打ちだ。